税金
MMTの勉強、第4回目です。
日本政府ないし日銀は、(インフレ率が健全な範囲であれば)貨幣を自由に発行できるというMMTが気づかせてくれた事実を理解すると、当然わいてくる疑問があります。
「あれ?税金って何だっけ??」
今回は、MMTにおける「租税(税金)」のとらえ方を説明していきます。
税金は国の財源ではない
ぼくらが小さいころから刷り込まれてきた感覚として、国の予算執行の基本的な財源は「税収」です。
ぼくらが税金を納めることで、役所の建物が維持され、公共サービスが提供され、公務員の給料が支払われ、公共事業も行われていると思っていました。
日本政府が何か事業をやろうとした時、地震などの天災があった時、今回のようなコロナ恐慌に見舞われた時など財政出動が必要になった時に、財務省や財政破綻論者を中心に「財源は?」という疑問符が必ず出てきます。
そして「国債を新規発行して財源にする」と言うと、「これ以上借金が増えたら財政破綻する!」とか「プライマリーバランス黒字化目標が達成できない!」といった反発が出るわけです。
こういった反発があることで、政治家の先生もタイムリーな財政出動を決められない、もしくは二の足を踏むことになってしまいます。
財源は国債でいいんです。
第2回目で説明した通り、国債を発行して市中銀行が引き受けることで、日本政府が日銀に有している日銀当座預金口座に預金(「お金」)が増えます。
そして、国債が市中銀行から日銀に持ち込まれる(日銀が国債を買う)と、市中銀行が日銀に有する日銀当座預金口座に預金(言ってみれば「原初のお金」)が増えます。
市中銀行を経由するので少しややこしいですが、この預金は、第3回目で説明した通り「無」から「お金」が生み出されたことを意味します。
つまり国債の発行(政府の負債)とは、貨幣の発行そのものなのです。
要するに、「これ以上国債が増えたら財政破綻する!」というのは、「これ以上貨幣発行額が増えたら財政破綻する!」という荒唐無稽な理屈なのです。
では、財源が国債で問題ないのであれば、租税は必要ないのでしょうか?
結論から言うと「租税は必要」となるのですが、MMTが説明する租税の役割を理解していきましょう。
租税の役割
MMTの説く租税の役割は以下の4つです。
- 貨幣の供給量の調節
- 所得再分配
- 通貨の統一
- 行動を制約するための一種の罰金
貨幣の供給量の調節
国債の発行などで貨幣の供給量が増え、インフレ率が健全な範囲を超えるような場合、つまり、「物やサービスの供給能力よりも、物やサービスの需要を上回っているとき(供給<需要)」には徴税を増やすことで、貨幣の供給量を減らして可処分所得を減少させ、景気を鎮静化させる。
逆に不景気のときには徴税を減らすことで、可処分所得を増やして需要を刺激する。
税金には、このような景気の安定化装置としての機能があります。
MMT提唱者で有名なニューヨーク州立大学のステファニー・ケルトン教授は、「経済のシンク(水槽、流し)」という例えで説明します。
「国内の供給能力」というシンクがあったとして、そのシンクの中には、消費や投資などの「需要」が水位を変えながら存在しています。


このシンク内の水があふれそうになった場合(インフレ率が健全な範囲を超えるような場合)は、ジョウロから注ぎ込む政府支出を抑制したり、徴税を増やして排水管から水を抜く。
不景気になったら積極的にジョウロからの給水(政府支出)を増やした上で、排水管から抜く水の量を減らす。
これが景気の安定化装置のイメージです。
なお、当然ですがこのシンクの容量は一定ではなく、経済成長によって大きくなることもあれば、衰退によって小さくなることもあります。
所得再分配
格差の縮小を目的とした所得再分配の機能です。
日本でも所得税は累進式が採用されていますが、こういった、低所得者層よりも高所得者層から多くの税金を徴収することで格差を縮小させ、低所得者層向けの保障、もしくは国民全体向けの公共サービスに政府が支出することで、社会を安定化させる役割です。
ある程度の差は許容されるべきだとしても、「格差」と呼ばれるような極端な差があるのは問題視される傾向にあると思います。
年収200万円以下の人と年収1,000万円以上(現在の日本では、これでも富裕層とは言えないと思いますが)の人。
一方は、自身の生きている環境に閉塞感や絶望感を抱いていて「日本終わってる」とつぶやき、方やそのつぶやきに対して「努力が足りないお前が終わってる」とヤジる。
この2人が同じ日本という国家に属して平等に参政権を持っている。
果たして日本丸は進路を定められるのでしょうか。
東西南北はおろか、右か左かすら定まらないかもしれません。
個人的な意見ですが、日本人の国民性として、「国民総中流」を是として歩んできたこともあって、他人を蹴落としたり出し抜いたりするのではなく、みんなで手をたずさえて豊かになろうとする民族な気がします。
もちろん、「自分は努力も何もしたくないけど、みんなで自分も引っ張り上げてねぇ」という分子には毅然とした態度が必要でしょうが。
話がそれましたが、とにかく、租税には「格差縮小」という役割があります。
通貨の統一
なぜ日本では「円」が使われているか、考えたことはありますか?
正確には「円」というより日本銀行券ですが、これは法律(日本銀行法)で法貨として定められていて、強制通用力が認められています。
つまり、日本国内において決済時に日本銀行券を差し出された場合、それを決済手段として拒否できないことを意味します。
商品を買う際に10,000円札をお店の人に渡した場合、お店の人は「USAドルで払ってくれ」とは言えないということです。
なので、日本では「円」が通貨として流通している、と説明できます。
これはこれで「あぁ、そうなんだ~」なのですが、「法律で決められているから」という説明に何となく違和感を覚えるのはぼくだけでしょうか。
それに、強制通用力が認められているからといって、「USAドルを使ってはいけない」わけではないので、国民全員が「円は不安定だし、ドルは安心、安全な貨幣だからドルを使おう」と考えた場合、事実上の通貨はドルになってしまいます。
ここで登場するのが租税の役割3つ目です。
つまり、税金の支払いを「円」で求めることで、自然と「円」を通貨として流通させるという機能です。
「円」での納税義務があることにより、国民に「円」を使って経済活動をするメリットが生まれ、国内での流通が促進されるわけです。
行動を制約するための一種の罰金
例えば、政府が企業に温室効果ガスの排出を抑制させたいと考えた場合、温室効果ガスを排出する産業に「二酸化炭素税」を課すという方法が考えられます。
当然税の重さにもよりますが、これによって温室効果ガスの排出の抑制が期待できます。
ちなみに、同じような税金が現在の日本でも課されています。
みなさんも毎日のようにその税金を払っていると思います。
「消費」に対する罰金、「消費税」です。
歪曲した見方だと思われるかもしれませんが、実際、消費税増税後の「消費」の低迷は顕著です。
この20年以上も続くデフレ(供給>需要)の中、日本人はなぜか消費することに対して罰金を科せられている不思議な民族なのです。
モスラー氏の名刺
租税の役割を4つ説明しましたが、とは言え、税収を単純に政府支出の財源にするというのもいいでしょう。
極論、租税をしなくても財政は執行できますが、税収も「お金」であることに変わりはないので、ドブに捨てる必要はありません。
ただし大事なのは、税金の本質は「財源」ではないということです。
MMTには「スペンディングファースト」という考え方があります。
まず政府支出があって、その後に徴税がある。
つまり、「徴税(財源)⇒支出」ではなく、「支出⇒徴税」という流れが正確な認識なのです。
先にも登場したステファニー・ケルトン教授が、2019年7月16日に開催された「MMT国際シンポジウム」で登壇した際に紹介したおもしろい話があります。
ケルトン教授が、経済学者のウォーレン・モスラー氏から聞いた話だそうですが、要旨は以下の通りです。
子供たちに家事の手伝いをさせたかったウォーレンは、彼らに「お手伝いをしたら報酬として私の名刺をあげよう」と言いました。
例えば、皿洗いをしたら3枚、芝刈りをしたら10枚といった具合に、手伝いの内容に応じて名刺を渡します。
しかし、子供たちは手伝いをまったくやりませんでした。
ウォーレンが子供たちに「なぜお手伝いをしようとしないのか」と聞くと「パパの名刺なんかいらないよ」と言われてしまいました。
そこで、ウォーレンは次にこう言いました。
「この家に住み続けたいのであれば、月末に名刺30枚を自分に提出しなさい」と。
すると、子供たちは急激に手伝いをするようになりました。
第3回目の記事でも似たような例を出しましたが、モスラー氏の名刺が「お金」であって、モスラー氏のしたことが徴税そのものであることはご理解いただけると思います。
そして重要なのは、徴税の前に通貨である名刺を支出して流通させ、それを税金として回収するという一連の仕組みに意味があるということです。
モスラー氏は自分の名刺をいくらでも印刷できるわけですから、自分の名刺がほしくて回収しているのではなく、回収することこそが肝心なのです。
国家においても、財源としての「お金」を調達するためではなく、租税それ自体に意味があるということが端的に理解できる話だと思います。
あとがき
民主党政権時代に、「事業仕分け」というのが話題になったのを覚えていますが、今考えると、あれはまったく(というと語弊がありますが)の無意味だったのかもしれません。
緊縮財政、プライマリーバランス黒字化という無意味な政策のために、日本政府による研究、開発への投資が削減されてしまったことを考えると、どこかむなしさを感じます。
もちろん「ムダ」の削減も一定量できたのだと思いますが。
今は運用が終了しているスパコン「京」など、成果は見えづらいながらも研究、開発に意義のある分野もあると思います。
日本はものづくりの国なんですから。
今後は国債を財源にして、積極的に技術に投資をしていってほしいものです。
それと、徴税は財源ではない以上、公務員は納税者が養っているという考えも誤解ですね。
公務員は公共サービスの提供や国家としての機能維持のために国に雇用されている人たちなので、「おれたちが払った税金で生活してるクセになんだかんだ」という主張はお門違いなわけです。
というわけで、今回まで4回にわたってMMTの基本的な考え方をご紹介してきましたが、MMTについて少しでも興味を持ってもらえたり、共感してもらえていると幸いです。
一人でも多くの人がMMTの考えを理解して、民意によるボトムアップをしなければ今回のコロナ恐慌は乗り越えられないと強く感じます。
チーム日本で未曾有の危機を切り抜けるために、声を上げていきましょう!





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