国の借金を減らすのはやめてください!【お願いですから!(懇願)】

流通 経済・政治

国の借金

「特別定額給付金が入ったけど、ほぼ同時に自動車税の請求が来たからプラマイゼロになる」というブラックジョークが誕生していますね。

まぁ、自動車税は地方税なので致し方ないかなぁとも思ったりしていますが、コロナ禍の中みなさまはいかがお過ごしでしょうか。

 

 

2020年4月上旬、コロナ自粛による影響が徐々に報道されはじめ、戦後最悪と言われる規模のケタ違いなダメージを日本経済が受けているという事実が広がっています。

ウイルスと恐慌の二重の不安に全国民がさらされていたにも関わらず、決算行政監視委員会において、麻生太郎財務相は「2025年度までにプライマリーバランスを黒字化にする目標は放棄しない」という趣旨の発言をしています。

 

プライマリーバランス(基礎的財政収支)を黒字化するのはもちろん、国の借金を減らすためです。

現在、第2次補正予算が閣議決定されて本会議での審議もはじまるところですが、これが成立すると今年度はさらに約32兆円の国債が発行されます。

第2次補正予算でもまだ足りなそうなので、政治家の先生方には第3次補正予算の話も早急に進めていただきたいところではありますが、今回は置いておきます。

とにかく、日本は今まで積み上げてきた国債もそうですが、現在もバンバン国債を発行しています。

 

「借金」

できることなら一生背負いたくない言葉ですよね、一個人であれば。

 

そう、あくまでも一個人、家計、企業であればの話です。

主語が「国家」であれば、話は全然違ってきます。

 

今回は、国債(=国の借金)について、正確に把握してみましょう。

 

以下の記事でも「国の借金」について言及していますので、時間のある人はご一読を。

 

 

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公共の電波でも拡散され続けている間違い

 

先日、「池上彰のニュースそうだったのか!!」(テレビ朝日系列)の番組内で、池上彰氏が日本の国債について誤った見識を地上波で拡散してしまい、ネット上でたたかれているみたいです。

特に罪深いのは、日本の国債を家計の借金に見立てて説明した箇所でしょう。

これは言ってみれば、永久機関と乾電池を比べているようなもので、そもそも比較対象としてズレまくっているわけです。

 

「日本の財務=家計」の置き換えで話を進めると、「国債はすべて無くさないとヤバい!」に当然なります。

家計においてお金は有限であり、借金が膨らむと首が回らなくなるのは火を見るよりも明らかです。

しかし国家においては、お金は有限ではありません。

理屈上は無限に刷ることができるからです。

 

要するに、「発行した国債は、将来的にすべて返済しなければならない(国債残高をゼロにしなければならない)」は、大きな間違いということです。

仮に発言者が恣意的に間違った認識を拡散しようとしているなら、大ウソつきということになります。

もしそうなら、何かウラがあると疑うのが自然な発想ですね。

 

「国債の完済」が意味することとは

 

一度冷静になって、通貨が流通する過程を考えてみましょう。

 

以前の記事でも説明しましたが、ある経済範囲(例えば日本の国内)に通貨を流通させるには、まずその通貨の発行権のある政府が、その通貨で支出(財政支出)をします(スペンディングファースト)。

その上で、その通貨での納税を義務づけることによって通貨として成立します。

 

ここで気づいておく必要があるのは、流通させた金額の全額を徴税してはいけない、ということです。

話としては難しくないと思いますが、仮に全額を税金として徴収してしまうと、せっかく流通させようとしていた通貨が、市中から姿を消すことになります。

なので、徴税するのは流通させた金額の一部のみ、ということになります。

 

さて、徴税した貨幣(政府が流通させた通貨の一部)は国庫に戻るとして、残りの金額(市中に出回っている分の貨幣額)は何を表しているのでしょうか。

フィクションの日本を例に考えてみましょう。

 

①円を流通させるために、日本政府が1兆円の国債を発行して、その1兆円を支出する(国債残高:1兆円)
②税金として1,000億円を徴収する(国債残高:9,000億円)
③9,000億円が市中で流通し続ける

 

おわかりのように、徴税しなかった、つまり市中に流通し続けている貨幣額(上記の設例でいう9,000億円)は、国債の残高を表しているんです。

国債を完済しようとすることは、要するに、市中から「円」を消滅させようとしている、言い替えると、国民の預金残高をゼロにしようとしている、ということなわけです。

狂ってますね。

 

実際には、信用創造によって銀行が生み出された貨幣も存在しているはずなので、現実的には「預金がゼロ」にはならないでしょう。
ただし、預金と同じだけの借金もマクロ経済全体では存在していることになるので、結局は国民が豊かにはなっていないという結果になります。
また、実際には外国との経常収支も絡んできますが、もし貿易赤字が大きいような場合、「国は無借金だけど国民は借金まみれ」ということになります。

 

続「国の借金」の正体

 

「MMT 現代貨幣理論入門(邦題)」の著者である経済学者ランダル・レイ氏は、「政府の債務状態は赤字が正常」と説きます。

前述の通り、赤字でなければ通貨が流通しなくなるわけですから。

 

また、税収よりも政府の財政支出が多くなければ健全ではありません。

もう一度、先ほどのフィクション版日本で考えてみましょう。

 

①円を流通させるために、日本政府が1兆円の国債を発行して、その1兆円を支出する(国債残高:1兆円)
②税金として1,000億円を徴収する(国債残高:9,000億円)
③9,000億円が市中で流通し続ける
④日本政府が1,000億円を支出し、1,000億円の徴税もする(国債残高:9,000億円)
⑤9,000億円が市中で流通し続ける(減りもしないが増えもしない)
⑥GDPを増やす(国民を金銭面で豊かにする)ために、日本政府が2,000億円を支出する(国債残高:1兆1,000億円)
⑦税金として1,000億円を徴収する(国債残高:1兆円)
⑧1兆円が市中で流通する

 

話をわかりやすくするために経常収支は考慮していませんが、上記の通り「財政支出=税収」では、経済規模は一切拡大しません。

GDPを健全に増やして経済発展を進めるには、「財政支出>税収」である必要があり、この場合必然的に政府債務の赤字(国債残高)は広がります。

もちろん、国内の供給能力に見合った規模の財政支出である必要がありますが。

 

 

いかがでしょうか。

ようやく「国の借金」の正体が見えてきたのではないでしょうか。

 

なお、以前の記事で、「国の借金」=「政府の負債」=「国民の資産」と説明しました。

これはこれで正しい説明なのですが、今回の記事の内容から、別な表現もできると思います。

 

「国の借金」とはつまり、「(市中に流通する)自国通貨の発行額の記録」なのです。

池上彰氏が、長い年月をかけてみんなでコツコツ返済しましょうと呼びかけた「国の借金」とは、実はこの程度のものなのです。

 

なぜ「国債」と呼ばれるのか

 

「自国通貨の発行額の記録」程度のものが、なぜ「国債」と呼ばれているのでしょうか。

これは、単に制度的なものです。

 

制度的に、そもそも日銀ではなく政府が直接貨幣を発行できる仕組みであれば、「国債」という大仰な呼ばれ方ではなく、「通貨発行額」くらいの呼ばれ方だったでしょう。

しかしながら現行制度では、貨幣は基本的に日銀が発行します。

そのため、政府は「国債を発行する」という形でしか資金を調達できないわけです。

 

ちなみに、財政法5条において、政府から日銀への国債の直接引き受けが禁止されているため、政府が発行した国債を市中銀行が引き受けることで政府は財源としての日銀当座預金を得ています。

と言っても、現在日銀は量的緩和政策によって市中銀行から国債を買い上げていますので、直接引き受けと大局的には差はありません。

また、広義では日銀も政府なので、現実社会では政府が直接貨幣を発行しているのと同等な状態になってたりします。

 

そもそもなぜ中央政府じゃなくて中央銀行に発行権があるんだっけ・・・

という話は機会があればということで。

 

あとがき

 

「少子高齢化という問題は本当に存在するのか」という記事で触れていますが、世間で少子化による懸念として一番心配されているのは、「経済規模の縮小」のようです。

 

確かに人口が増えてプレーヤーが増えればその分経済規模は大きくなるでしょうが、「財政支出>税収」にすることでも経済規模は大きくできます。

いつまでもプライマリーバランス黒字化(財政支出<税収)に固執していないで、国債を発行して財政支出を増やしてほしいと考える今日この頃です。

 

 

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