リベラル
前回まで、
- 右翼、左翼の定義
- 現代における右翼、左翼の指す意味
- 濃淡による右翼、左翼の分類
を勉強してきました。
ここまででも色々と用語が出てきましたが、まだまだたくさんあります (;^_^A
今回は、右左界隈の押さえておきたい用語を紹介していきます!
コンサバ
コンサバ(コンサバティブ)は、「保守的」という意味の英単語なので、つまり右翼(保守派)のことです。
「ならわざわざ横文字にするなよ!」という横文字あるあるなヤツです。
「ネオコンサバティブ」(略してネオコン)を自称する勢力もあり、「新保守派」と和訳されます。
ネオコンは元々、ロシア革命の主要人物であるトロツキーの思想「トロツキズム」の影響を受けている左翼勢力です。
その勢力が、「人類普遍の価値観は社会主義思想だ!」というスローガンから、「人類普遍の価値観は自由と民主主義だ!」に鞍替えしたため、「新」保守派を名乗っているとのことです。
根は社会主義者ですが、(新)保守派を自称しているので共和党(アメリカの保守派の党)に属しています。
トランプ大統領に関する暴露本を出したジョン・ボルトン氏あたりがネオコンで有名な人物ですね。
リベラル
リベラル(リベラリズム)は、自由主義思想のひとつで、哲学者アイザイア・バーリンによれば「積極的自由主義」に分類されます。
リベラルは自由主義に分類されますが、自由というよりは社会全体の幸福に重心が置かれます。
「貧しいと労働に明け暮れなければならず、自由が制限される」
「人は、幸福に生きるには自由でなければならない」
「なので、人々の自由を尊重するために、富める者からは徴収して貧しい者に分配しましょう」
という考え方です。
少しややこしいですが、「自由こそが幸福である(自由=幸福)」ではなく、「幸福のためには自由が必要だ(幸福>自由)」というスタンスです。
そして、追求する「幸福」は「社会全体の幸福」であるため、社会主義的な主張に至ります。
倫理学や哲学の分野には「最大多数の最大幸福」を善とする功利主義がありますが、これと通じる考え方でもあります。
ちなみに、リベラルは「反格差社会」というイデオロギーを持つので、「現代における左翼」に分類できますが、社会民主主義(民主主義をベースにした社会主義)が近いため、中道左派といったところでしょうか。
リバタリアニズム
リバタリアニズムは、リベラル同様、ラテン語の「liber」を語源とする自由主義思想のひとつです。
アイザイア・バーリンによる分類では、「消極的自由主義」に当たります。
同じ自由主義思想であるリベラルとは逆(とは言えないかもしれませんが)に、リバタリアニズムは「自由は正義、自由の侵害は悪」というわかりやすい自由主義です。
右寄りの考え方であり、たとえ結果として格差が生まれたとしても、たとえ結果として自分が幸福になれなかったとしても、基本的人権である「自由」を守ることが正しいことだと考えます。
そのため、リベラルの主張する「社会全体の幸福のための所得再分配」は、富裕層に対する自由の侵害に当たるため当然「悪」とされます。
リベラルが「Liberty to happiness」、リバタリアニズムが「Liberty from anything」といった感じです。
アナーキズム
アナーキズムは、権力や社会システムからの「支配」の廃絶を目指す思想です。
思想家ピョートル・クロポトキンは「政府のない社会主義システム」と表現しています。
「社会主義」とは言っても、アナーキストは政府による支配には反対なので、「社会主義」と聞くとイメージされる国家社会主義(国家という権力が運営する社会主義)ではなく、人々の相互扶助をベースとして実現する社会主義システム、ということになります。
あらゆる支配構造やヒエラルキー的なものを嫌い、賃金労働は事実上の支配にあたる(例えばサラリーマンは、就業時間中は使用者に拘束される)として、現代の資本主義社会にも「NO」の立場をとります。
国家や資本主義にも背を向けるという点で、リバタリアニズムと一線を画すわけです。
アナーキズムの「私的に使用する物以外は全体で共有する」という思想は共産主義と似ていますが、共産主義は移行段階における指導層の存在を肯定しますし、結局指導層による独裁支配という歴史しか示せていませんので、似て非なるものなのでしょう。
なお、本記事は「右翼」「左翼」の話を前提にしているので、アナーキズムが右か左か色分けしたいところではありますが、そもそも国家という枠組みや権力構造が生じる仕組みを否定する立場なので、ある意味「政治」が存在しない思想であり、政治的な志向の分類である「右翼」「左翼」の色分けにはなじまない気がするため、割愛いたします。
ネトウヨ
「ネット右翼」の略称で、インターネット上で排外的な発言(例えば、反中や嫌韓的な発言)をする人に対する侮蔑まじりの呼称です。
現実社会でも右翼活動家として有名な方(例えば、小林よしのり氏など)がインターネット上で右翼的な発言をしても、ネトウヨとは呼ばれません。
つまり、「顔も見えないし匿名性も高いネットだからそんな発言してるんだろ」という嘲りのこもった言葉なわけです。
対となる言葉(つまり「ネット左翼」を意味する言葉)に「パヨク」がありますが、ネトウヨ呼ばわりされた人がその相手に対して使うのが一般的なので、「ネトウヨ」も「パヨク」も、本質は「バカ」「アホ」程度の言葉です。
あとがき:「自由」とは
リベラルもリバタリアニズムもアナーキズムも、「自由」という価値観は肯定します。
でも思想はバラバラ。。。
カール・マルクスは、フランス革命などにより市民は「自由」を得たが、これは真の「自由」ではないとします。
まず、資本力のない市民(労働者階級、プロレタリアート)は、労働をして日々の生活を営むので精一杯であり、労働力を提供する自由くらいしかない(思想の自由や表現の自由などを謳歌する余裕などない)と説きます。
では、資本力のある市民(ブルジョワジー)に自由があるかというと、それもNOであるとします。
こちらも結局、資本力を維持するために市場原理の下で競争を続けなければならず、資本主義社会の奴隷と言っても過言ではない状態にあるからです。
つまり真の「自由」とは、資本の呪縛からも解放された状態であるとした上で、土地やら工場やら資源すべてを公有とし、みんながその能力に応じて労働力を提供する協働体(共同体)となることで初めて、真の「自由」が得られると考えました。
一口に「自由」と言っても、何をもって「自由」なのか、には色々な考え方があるわけです。
「平等」に関しても、左翼思想では「結果の平等」が善であるとしますが、日本を含めて多くの国では「機会の平等」までが妥当であるとされます。
高校や大学が学力試験によって入学志望者を選別するのはそのわかりやすい例です。
人(考え方)によって求める「自由」が180度違ったり、求める「平等」の程度も変わってくるということですね。
それでは、今回はこの辺で!



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