NARUTO
「世の中に普遍的な価値を!」という左翼思想のことを考えていると、ぼくの大好きなマンガである『NARUTO』を思い出します。
うちはマダラの思想に、社会主義の究極の姿を見るからです。
詳細は他のキュレーション系のサイトに譲るとして、簡単にうちはマダラについて紹介します。
『NARUTO』のラスボス一歩手前で登場するうちはマダラは、世界に絶望していました。
この世は争いが絶えず、人々が苦しみや哀しみに苛まれているからです。
そのため、「無限月読」という忍術(幻術)によって世の中のすべての生き物を文字通りひとつに束ねて、「地獄を天国へと変え」ようとしました。
無限月読の術にかかると、神樹という大木の枝に取り込まれて永遠に自分の見たい夢を見続ける状態になります。
夢の中では、ある者は悲願を達成し、ある者は現実世界で破れなかった自分の殻を破ることに成功したりします。
神樹の養分となって肉体の自由はなくなりますが、その代わりに、精神の世界では永遠の幸せを謳歌できるわけです。
マダラのやり方に主人公のナルトは、「こんなの」「嘘っぱちじゃねーか!!!」と反駁しますが、マダラの行動原理に比べるとイマイチ説得力というか、パンチに欠ける主張だと感じたものです。
『NARUTO』は、誰から見ても悪いヤツを主人公がぶっ飛ばしてめでたしめでたし、という、単なる勧善懲悪的な劇ではなく、ペイン(これも『NARUTO』の敵キャラです)にしてもマダラにしても、敵キャラがそれぞれの正義をしっかりと持っているところが好きなんですよね。
それと、無限月読に似てるなぁと思うのが、『エヴァンゲリオン』の「人類補完計画」です。
作品が発表された順番的に、『NARUTO』が『エヴァンゲリオン』に似てるのかもしれませんが。
人類補完計画についても、詳しく知りたい方はまとめサイトをご覧いただきたいのですが、要するに、不完全な存在である人類をひとつの完全な生命体へと進化させる計画です。
これによって、「個」はなくなりますが、争いも哀しみもない魂の平穏が人類に訪れるというわけです。
お釈迦様は「一切皆苦(人生は思い通りにならないもの)」を説きますが、ではなぜ人間は生きなければならないのか、なぜ自分は生まれなければならなかったのか、と哲学チックなことを考えだした末に、もしその人に「力」があったのなら、無限月読や人類補完計画のようなことを夢想するのも理解できたりします。
それでは、今回はこの辺で!
興味がわきましたら、書店やマンガ喫茶で『NARUTO』を手に取ってみてください!



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