自分は右なの?左なの?それとも・・・【自分を右か左に分類できますか?】

経済・政治

左翼

「あなたはイヌ派ですか? ネコ派ですか?」

こう聞かれたら、たいていの方は数秒で答えを出せると思います。

「目玉焼きにはしょう油をかけますか? ソースをかけますか?」

これも簡単でしょう。

 

「あなたは右寄りですか? 左寄りですか?」

では、これはどうでしょう。

パッと返答できない方が多いのではないでしょうか。

そしてその理由は、「わからない」が大多数でしょう。

むしろ「考えたこともない」と。

 

感覚としてですが、同じ質問に対してぼくの両親の世代(60代以上)なんかは、少し考えたり悩んだりしながらもちゃんと返答できるのではないかと思います。

なぜでしょうか。

 

そこで今回は、この理由について考えていきます!

 

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右翼、左翼の事件の影響

 

かつては、「右翼」「左翼」を、日常的に意識する機会がありました。

活動家や団体が、後世に語り継がれるほどにエネルギッシュに活躍(?)していたからです。

 

例えば、市ヶ谷駐屯地における三島由紀夫の自刃事件浅沼稲次郎暗殺事件あさま山荘事件よど号ハイジャック事件など、歴史の教科書に載ってもおかしくない右翼、左翼の事件が、昭和の時代にはたくさんありました。

令和のこの時代、若い人に「右翼の活動家で思い浮かぶのは誰か?」と質問すれば、「え? 右翼ってヤ〇ザのことでしょ?」と返ってくるのが関の山でしょう。

 

右、左の意識 ⇒ 政治への関心

 

前述の通り、「右翼」「左翼」を意識するタイミングが日常にあると、当然「自分は右左どっちだ」ということを考えます。

また、「右翼」「左翼」はそもそも政治傾向を表す言葉なので、自分が右左どちらなのかを意識することは、そのまま政治への関心に結びつきます。

 

総務省の統計によると、昭和42年の国政選挙の投票率は、20代で66.7%、30代で77.1%です。

一方、平成29年の国政選挙の投票率は、20代で33.9%、30代で44.8%と、30ポイント以上も下がっています。

政治への無関心の拡大がありありと見てとれます。

 

エネルギーのある世代が政治に関心を持っていたことが、1960年代~70年代の学生運動の隆起にもつながったのでしょう。

成田空港三里塚闘争70年安保闘争が有名です。

ちなみに、先にも言及した社会党党首の浅沼稲次郎の暗殺事件ですが、犯人の右翼青年である山口二矢は、当時17歳でした。

しでかしたことの善悪はともかく、熱い政治的な思いを抱く高校2年生が当時はいたということです。

 

政治への関心が低くなったのは、日本全体が高度成長期に豊かになり、政治に関わる動機が弱くなったからだと個人的には考えていますが、とにかく、政治との距離ができたことによって右左の区別を意識する機会が格段に減っているのだと思います。

 

保守政党の薄ピンク化

 

ぼく個人の見解をかなり含みますが、元々日本人には、「共同体」の意識が深く根付いていると思います。

全国統一を果たした豊臣秀吉の時代から現代まで、奴隷制度のようなものは存在したことがなく、主従関係はあっても身分制度はありませんでした。

一致団結を得意とし、他人に迷惑をかけないこと、客人をおもてなしすること、身内を謙遜することを美学にしてきました。

他人様や世間の目を気にし過ぎたり、他の人からはみ出すことを嫌うという日本人の特徴は、この辺りの文化に由来してるんだと思います。

つまり日本人は、滅私をして公に尽くす、は大げさかもしれませんが、自分のことはそこそこにしておいて、他人(社会)を尊重して協力(共生)することを得意とする民族なんです。

 

何を言いたいかと言いますと、日本人は伝統的に、(個人主義ではなく)社会主義寄りの考え方が主流なのではないかと思っています。

諸外国ほどの貧富の格差はなく、一億総中流が心地よく、コロナ禍における罰則なし見返りなしの外出自粛要請にも素直に従う、そういう国民性なんです。

 

この国民性はもちろん政治にも反映されるので、国民皆保険をはじめとする弱者救済の社会保障制度が揃っています。

共産主義を標榜する中国共産党が裸足で逃げ出すほどの「結果の平等」さです。

要するに、日本は随分前から薄ピンク※なんです。

※共産主義のシンボルカラーが「赤」なので、左寄りの考えにこういった表現がされます。

 

現在、日本で一番大きい政党は自由民主党(自民党)であり、近現代の政権支配率でいうと自民党がダントツです。

そして、自民党は保守政党(右翼)とされています。

その保守政党である自民党が薄ピンクの政治をしているんですから、左翼政党が赤い政策を叫んでもインパクトはありません。

結果的に、左翼のアイデンティティである「反体制」のポジションから、「桜を見る会」やら「検事長の定年延長」やらの揚げ足取りを申し訳程度につつくだけになってしまっています。

 

上記の通り、以前に比べると、政治家、政党で考えてみても右翼と左翼の明確な線引きが難しくなっているわけです。

コラムニストである中森明夫氏が言った「社会主義、共産主義はなくなり、社会趣味、共産趣味が生き残っている」という名言は、言いえて妙だと思います。

 

以前は、江戸時代に「士農工商」という身分制度があったとされてきましたが、現在では間違いだったとされています。
一番身分の高いお侍さんが一番身分の低い商人に頭を下げてお金を借りるなんてこと、よく考えてみたらあり得ませんものね。

 

まとめ

 

以前の記事でも言及しましたが、「右」だの「左」だのというのはそもそも無意味で不可能な色分けだと思っています。

ぼく個人も、自分が右なのか左なのかに興味はありません。

国防、社会保障など、考えることがらによって、右寄りだったり左寄りだったりと意見は分かれます。

それが当たり前だと思います。

右だの左だのという分類は、もはや過去の遺物だということですね。

 

それでは、今回はこの辺で!

 

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